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 美野里ハイタウンの歴史(2)
競売〜自治会活動〜明け渡し

1983〜2002年
1983年 美野里ハイタウンに根抵当が設定される
1990年ごろから、外部の人の口から、美野里ハイタウンは売られるらしい、といったウワサが住人の耳に入るようになり、漠然とした不安が広がっていきました。しかし大家さんからの事情説明は一切ありませんでした。

1999年 銀行が差し押さえる
持ち主(大家)である会社が、土地開発事業に失敗、350億円の負債を抱えて倒産。1999年11月3日東京三菱銀行が「美野里ハイタウン」を差し押さえました。しかし大家 から住人への説明はいっさいありませんでした。あとで知ったら入居日が倒産の翌日だった、という人さえいます。

2001年 銀行は「美野里ハイタウン」を競売に
2001年3月 第一回競売 最低売却価格22億7183万円
2002年2月 第二回競売 最低売却価格17億2419万円
・・・しかし、落札者なし。
2002年

■3月「美野里ハイタウン自治会」設立
大家が自治会を禁止していたため、これまで自治会はありませんでした。しかし、住人も知らない間に競売にかけられたり、外部からの粗大ゴミ不法投棄が横行し、不法占拠者が入り込んでくる中、住人の生活を守るために、自治会が結成されました。

このころ、住人に対する立ち退き圧力、いやがらせ等が頻発

■7月 自治会、交渉を弁護士に託す
7月の自治会総会で、住民の生活権を守るために弁護士を立てて交渉することを決定し、8月に依頼しました。 
12月 自治会員は交渉を弁護士に一任する内容の委任状を提出しました。
   
■9月 銀行から整理回収機構(RCC)へ 
9月27日 東京三菱銀行が“不良債権”である「美野里ハイタウン」を整理回収機構(RCC)に譲渡。
11月 第3回競売(9月)後の特別競売でも、落札者は現れませんでした。

12月22日現在 居住者97世帯、うち根抵当設定以前からの長期居住者16世帯

2003年

■7月 買い手が現れた!
7月14日 松戸地裁で特別売却が行われ、買い受け申し出人が現れました。
7月30日 大家が売却に対する「執行抗告」(異議申し立て)を行いましたが、9月5日取り下げました(理由は不明)。これにより売却許可決定が確定しました。

■10月〜11月 買い手企業と自治会、弁護士同士の交渉
10月7日 買い手企業側の弁護士と自治会側の弁護士との話し合いがスタート。
11月17日 立ち退きに関して合意に至り、11月20日付自治会報で住人に通知されました。

11月 解体工事が始まる
10月14日  
買い手企業側の弁護士から自治会側の弁護士に対し、5号棟・9号棟の解体工事を始めるとの通知がありました。自治会側は厳重に抗議し、工事の中止を求めましたが、止めることはできませんでした。合意の内容には、住人が立ち退きを完了するまで、生活不安を与えることなく、快適な環境を維持すること等が盛り込まれました。

        9号棟の内部解体
       

■11月21日〜12月5日 明け渡し合意書締結
1号棟108号室に自治会事務所が開設され、合意締結業務と補償金の受け渡しが行われました。合意書締結業務の終了後は、転居先案内や引越相談を中心に活動。

■さらば、懐かしき・・
12月7日 1号棟の前にある料理店にて自治会の「お別れ会」が開催され、50名近くの住人が参加しました。
12月13日 自治会報29号(最終号)発行。タイトルは「グッドバイ&ニューイヤー」。そして「さらば、懐かしき美野里ハイタウンよ。」と結ばれていました。

       
12月27日の明け方、美野里ハイタウンに雪が降った

2004年

立ち退き
2004年1月18日 最後の自主清掃
    2月10日  明け渡しの最終期限
          美野里ハイタウン自治 会解散

※ 美野里ハイタウンの歴史(2)は、自治会の会報をもとに構成しました(文責:小川直美)